Like a java the hut

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オウム事件当時、ときどき帝国ホテル地下にある迷路のような喫茶店で情報交換をしただけではない。オウムの危うい行動が予想されたときにはーー私はまったく知らなかったがーー1日にのべ50人が身辺を警護してくれた。多いときには10人がフォーメーションを組んで周辺を監視したという。あの慌ただしい当時でも酒場に行くことはあった。そのときにも客を装って警護が行われたそうだ。近くの席ではなく、少し離れたところで、周囲の客に怪しいものがいないかを監視していたそうだ。それを知ったのは事件から10年後のことだ。「子どもを誘拐する」といったオウム関係者の情報が流れたときには、私が住んでいた公団から通学路を調べ、学校とも協議し秘密裏に対策を取ってくれた。「これは注意した方がいい」と判断したときには、家族への身辺警護まで行っていた。どうしてそこまでしたかといえば、私がオウム真理教と厳しく対峙していたからだ。もし身辺に何かがあれば、「対決の構図」が崩れるという判断だったと聞いた。

- 有田芳生の『酔醒漫録』: オウム事件秘話ーー追悼・須崎哲哉 (via 4kshike) (via motomocomo) (via kogure)